悲し気な子供

考えごと

精神的な大人と子供の違い、境界線ってどこにあるんだろうか

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10代の頃は二十歳ってスゴイ大人に思えたんだけど、自分が二十歳になってみると特にそんなこともなく。二十歳の頃は30代になったら大人になってるんだろうなと思っていたんだけど、30越えてみると実際そんなこともなく。

大人と子供の違いってなんだろうなーと、その度に考えてきたんですが、最近ちょっと答えが分かった気がします。今日は、大人と子供の境界線の話。

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大人と子供の違い

「お酒が飲めるようになった」とか、「生物学的にはうんたら」とかそういうのじゃなくて、僕らが「この人は大人だなぁ」と感じる瞬間の“大人”ってどんな人なんだろうなっていう話です。

僕はね、「人のために上手に過ごせる瞬間」を大人だと思います。“瞬間”としたのは、“人”と言いきると「大人らしい人」と「子共っぽい人」の間に境界線を引いてしまうからです。今日は「この人は大人だなぁ」と感じる“瞬間”の話です。

例えば……

子供を育てる

例えば、「子供を育てる」とか。めっちゃ大人ですよね。子供を育ててるだけで超大人。人のために過ごしまくってます。でも子育ては大変ですから、ストレスに耐え切れずに余裕をなくしてしまう人もたくさんいます。最近は「子どもが子どもを育ててる」なんて言われていたりすることも。これはあんまり上手ではないですよね。

仕事をする

あるいは「仕事」も大人だからこそ。半ば強制的にとは言え「人のために時間を過ごしている瞬間」。仕事をすることは無条件で「大人だなぁ」と思いますよね。当たり前と言えば当たり前なんですけど、一生懸命仕事をする人を「子供だ」という人はいないと思います。

勉強する

他には、「勉強をする」とか。自分のために時間を使っているようで、知識や経験は世に出て初めて価値を持つものです。そうした価値になるものを蓄えるのって、まわりまわって「人のため」だなと思うんです。これは動機や勉強の仕方にもよりますけれども、勉強が上手な人を見ると「この人は大人だなぁ」と思います。

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「人のために上手に過ごす瞬間」ってなんぞ

「何を言うとんのかよく分からん」って人もいるというかほとんどだと思うので、それぞれの言葉に含めた意味みたいなのをザックリ解説していきます。

人のために

これは自己犠牲の精神とかそういうのではなくて、人間の社会性のことを言っています。「人は1人では生きていけない」とか「集団で生活している」とかそういうことではなく、アリストテレスの言う「politikon(政治的)」という意味です。

人間的に成熟していたとしても、それを共有できる共同体がなければ人として成り立ちません。あるいは、人間的に成熟するためには共同体が必要不可欠です。「共同体を大切にする態度」を示すために「人のために」という言葉を使っています。

上手に

で、そういう態度で臨んでもいい感じに収まる時もあれば、そうでない時もあります。上手くやるには色んな知識や経験が必要にです。失敗を重ねながらだんだん上手くなってくると、「人にとっても自分にとっても良い時間」を上手に演出することができるようになります。

これが上手いことビシッと決まった時には、僕の中の「大人だなぁ」ボタンがポチッと押されます。上手くいかなくて相手や自分が辛い思いをしてしまったり、何かを飲み込んでしまったと感じる時は「まだまだ青いなぁ」ボタンが光ります。

全てのことを上手くやるのは難しい。でも歳を重ねるにつれてだんだん上手くなっていくんだと思います。たくさんの知識と経験を蓄えて練習さえすれば、いつかはお互いに信頼しあえる理想的な関係を築ける。僕はね、「列車に乗った男」という映画の「歳はとるほどに人生は輝くものだ」っていうセリフが、このことを言っているようですごい好きなんですよ。

過ごせる

スケジューリングの話ではないです。何時にアレしてそしたら夜にコレができてってのも「上手に時間を使う」と言いますけれども、「過ごす」はかなりニュアンスが違います。

過ぎていく今を享受できる」と言ったら良いんでしょうか。大人の人ってそれを上手にやるんですよ。だから余裕があるし、周囲からも信頼されるし、感情の衝撃に揺らぐことがないんですよね。色んなことを「面白い」と捉えてユーモアにできてしまう。

ぷんすか腹を立てたまま無為に過ごすこともなく、悲しみに暮れて病める時を過ごすこともなく、ただそこにあるものを享受できる感覚。そういう時間の過ごし方ができる人を見ると「大人だなぁ」と思います。

瞬間

誰だって子供っぽい時もあれば、大人らしい時もあるのが普通ですからね。良い意味であれ、悪い意味であれ、「こういう人」と決めつけてしまうのはあまり好きではないです。もちろん、「〇〇な人」っていう表現が一番一般的で使いやすいですし、そう言ったからって「決めつけている」と決めつける気もありません。ただの表現の好みの問題ですね(笑)標語っぽくするならこの辺はちゃんとしておいた方が良いかなと思っただけです。

人はその瞬間や見る人の主観で180度性格が変わります。よくもまぁこんなにコロコロ変わっているものを“同一人物”だと思えるなーと不思議に思うくらい。一応脳に「特定の人物」として認識する機能があるみたいで、それで認識されてるらしいんですけどね。

大人と子共の境界線

大人と子供の境界線は、「自分と相対した人は、言葉を交わす瞬間を気持ちよく過ごせているだろうか?」ということを意識しているかどうか、そして結果が伴ったかどうかってところにあるんだと思います。そんなふうにして“人のために上手に過ごせる瞬間”をたくさん作れる人を「成熟した人」と言うんでしょう。

こうして記事を書く時もそういうことを意識していたりするんですが、至ってまだまだ自分は子供だなぁとふんどしを締めなおしています。大人の余裕が欲しい!!

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