キャリー・フィッシャー 若い頃

「レイア姫」のキャリー・フィッシャーの経歴を若い頃から現在まで振り返る

時事ネタ

更新日:

スターウォーズのレイア姫の役で有名なキャリー・フィッシャーが現地時間12月27日に突然の心臓に不調をきたして病院に搬送されました。母親であるデビー・レイノルズ(84)がツイートで「容態は安定している」と伝えていましたが急変、そのまま帰らぬ人となってしまいました。60歳でした。

レイア姫は知っていても、キャリー・フィッシャーがどんな人なのかを知らない人は多いのではないでしょうか?あるいはキャリー・フィッシャーを知らない人もいると思います。

そんな人たちに少しでも彼女の事を知ってもらいたくて、若い頃から現在までの経歴を振り返ってみました。

Sponsored Link

経歴

スターウォーズでデビュー

キャリー・フィッシャー 若い頃

キャリー・フィッシャーは1956年にハリウッドで生まれ、ハリウッドで育ちました。

女優というよりも「職業:スター・ウォーズ」と言っても良いぐらい、レイア姫役が有名です。レイア姫の「美しさと力強い性格を併せ持った聡明な女性」というイメージと「女王パドメの娘」という出生に合わせて、ジョージ・ルーカスに「有名人の娘で他人に命令するのに慣れている」所を気に入られての抜擢。

『スター・ウォーズ』は、今でこそ無名な役者を起用することが語り草ですが、当時はただただ予算がありませんでした。ジョージ・ルーカスも壮大なエピソードを引っ提げて三作は撮ろうと決めていただけで、売れる算段など無かったと言うんですから。

デビュー作は『スター・ウォーズ エピソード4』と思いきや、実は『シャンプー』というモテモテ美容師のスキャンダラスな話にチョイ役で出演しています。実質的な映画デビューは『シャンプー』でしたが、本当にチョイ役なのでキャストで紹介されないこともしばしば。本格的なデビューは『スター・ウォーズ エピソード4』だと言っても良いでしょう。

オーディションで最後まで残ったのは、ジョディー・フォスターとキャリー・フィッシャーの2人でした。今だから言えることですが、ジョディー・フォスター版の『スター・ウォーズ』も見てみたかった気もしますね。

『シャンプー』(1975)

次いで撮影された『スター・ウォーズ エピソード5/帝国の逆襲』も大盛況。キャリー・フィッシャーは一躍スターダムにのし上がりました。『スターウォーズ』の歴史的大ヒットは彼女の人生で一番の幸運であり、そして一番の試練でもありました。良くも悪くも『スター・ウォーズ』とは切っても切れない関係になっていってしまいます。

ドラッグ中毒に……

『スター・ウォーズ』の大ヒットで、チョイ役からいきなりトップ女優として……。いえ、「レイア姫」として各方面から引っ張りだこの日々に。彼女は有名人としてのプレッシャーに耐え切れず、ドラッグに溺れてしまいます。

『スター・ウォーズ エピソード5/帝国の逆襲』では、雪の惑星ホスの裏でコカインを吸っていたことを告白している他、映画『ブルース・ブラザーズ』の共演者である故ジョン・ベルーシ(薬物の過剰摂取で死亡)らと共にドラッグ漬けに。

『帝国の逆襲』発表時のローリングストーンズ誌のインタビューでは「レイア姫のイメージに死ぬまで付きまとわれることにウンザリしている」と語っていたこともありました。

当時の彼女は、病院にリハビリに通ったり、過剰摂取で緊急治療を受けたり、プレッシャーと道徳心とドラッグの誘惑の葛藤と戦う日々を送っていたと言います。

責任は常に自分に

キャリーは、この時の経験を『崖っぷちからのはがき(原題:Postcards From The Edge)』という自伝で赤裸々に告白しています。この自伝は後に『ハリウッドにくちづけ』という題でメリル・ストリープを主演に迎えて映画化されました。

自伝でキャリーは「家族がバラバラになったことも、ハリウッドのプレッシャーも理由にはならない。責任は常に自分にあった」と当時の事を振り返っています。

こうした彼女の徹底的な内省から生まれた映画『ハリウッドにくちづけ』は、自分の意志で主体性を取り戻していく少女を描き、ドラッグ中毒に悩む人だけでなく、漠然と「何かから抜け出したい」と思っている全ての人の心に届く作品になりました。

『ハリウッドにくちづけ』(1990)

その後のキャリア

その後も様々な作品に出演していますが、『スター・ウォーズ』ほどのやはりネームバリューはなく、女優としてのキャリー・フィッシャーは、やはりレイア姫ありきで語られます。

例えば、『スクリーム3』にチョイ役で出演した時には「レイア姫に似ている」と言われて「レイア姫のテストを受けたが、合格したのはジョージ・ルーカス(監督)と寝た女」と答えている描写があったり、最近では、やっぱり『スター・ウォーズ エピソード7/フォースの覚醒』での30年ぶりのシリーズ復帰が一番の話題でしたね。

脚本家としてのキャリー・フィッシャー

レイア姫役があまりに有名すぎてあまり語られませんが、『スター・ウォーズ』以外では出演作品よりも執筆業や脚本監修の方で知られていて、自身の経験を活かしたコラムや書籍、舞台の脚本などの執筆活動に力を入れていました。『ハリウッドにくちづけ』での執筆の経験は、彼女の裏方としてのキャリアがスタートするきっかけになった映画でもありました。

キャリー・フィッシャー自身も自分を女優ではなく脚本家として見ているようで、『スター・ウォーズ』復帰した時、「脚本家」ではなく「女優」として見られることに戸惑うこともあったそうです。

自分の人生そのものとも言えるレイア姫と、映画を客観的に見つめる脚本家という立場で距離を置くことで、バランスが取れたんじゃないかと思います。

「レイア姫のイメージにうんざりしている」と語った過去のインタビューを掘り起こされた彼女は、「スター・ウォーズに関われたこと、そして自分のキャリアを誇りに思っている」と応えていました。

当時はそう感じていたわ。でも僕はその事実を受け入れることにしたの。どうせ変えられないなら、開き直ったほうが賢いもの。抗ったって疲弊するだけだってわかったのよ。 でも今年になって、その呪縛から解き放たれたように感じたの。大切なのはどんな作品に出演するかということではなくて、作品に出演したことで得た経験なんだって悟ったのよ。そしたらすごく気が楽になったし、スター・ウォーズの一部であるということを心の底から誇れるようになったの。だって、1977年に世界中の人々がアメリカのことを知るきっかけになった作品の一部なんですもの。

Rolling Stone(ローリングストーン) 日本版 より引用

まとめ

キャリー・フィッシャーと言えば「レイア姫」しか知らない。あるいは「レイア姫」は知っているけど「キャリー・フィッシャー」は知らないという人、結構いるんじゃないでしょうか。

今回はキャリーフィッシャーの『スター・ウォーズ』以外の面をメインに紹介しましたが、びっくりするぐらい書くことがありませんでした。何の因果か、『ハリウッドにくちづけ』は見たことがありましたが、キャリー・フィッシャーの自伝だとは知らなかったぐらい。

『スター・ウォーズ』の影響力にただただ舌を巻くばかりです。

『スター・ウォーズ』は伝説についての作品ですが、それを制作したこともまた人類の伝説になっていくでしょう。いつか、100年後、200年後に、「こんなにスゴイ映画があったんだぞ」と。

今回はその作品の顔としてのキャリー・フィッシャーに惜しみない敬意を表し、締めとさせていただきます。

彼女の魂がフォースに導かれんことを。

Sponsored Link

おすすめの記事

筋肉モリモリの女性 1

突然ですが、あなたの強みを教えてください。 何個出てきます? この手の質問は困りますね。自分で自分をベタ褒めする感じになりますし、強みもちょっと言い換えれば弱みになってしまうし。 そんな時は、もう人に ...

2

一日中モニターと睨めっこしていて、眼が赤いあなたに朗報です。 モニタのブルーライトをカットして、眼に優しい色合いにしてくれるフリーソフト「f.lux」があなたの目を癒してくれます。 ほんとに。ほんとに ...

人間はフルーツだけで生きていける 3

食べ物のみならず、飲み物も一切口にせず、必要な栄養はすべてフルーツから取っているという徹底振りでフルーツの伝道師と呼ばれている中野瑞樹さん。 彼が地上波に出たことをきっかけに、少しずつフルーツへの関心 ...

-時事ネタ

Copyright© Quattro Milan , 2017 AllRights Reserved.