コミュニケーション

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【人間関係の作り方】言葉の役割を「伝えること」から考え直して、コミュニケーションが驚くほど上手くいきだした話

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僕は昔から達観しているというか、斜に構えているというか、まぁ物の見方があまり良くないんですよ。

「我関せず」で外から物を見ている態度が、ずいぶんと人を傷つけたし、遠ざけたんだと思います。

このままじゃまずい、何とかしたいと悩みながらはや30年が経過しようとしているんですが、悲しいかな、癖になっている態度はなかなか治るものではありませんね。

しかも渦中にいる時は、自分で全然それが分からないので厄介なものです。

とにかく、僕はそういう悩みをずっと抱えてきたわけなんですが、最近あることがきっかけで周囲の人とのコミュニケーションが少しずつ上手くいくようになってきました。

いったい何が僕を変えたのか。今回はそんな話をしようと思います。

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立ちはだかるコミュニケーションの壁

僕は子供の頃から「人にどう思われるか」を気にしない性質だったので、まわりの大人たちは随分と扱い辛かったようです。

少年の頃は、我が道を一人で行っていても友達が出来にくいぐらいのもので、特にこれといって問題はありませんでした。

問題はない、はずだったんですが・・・社会に出るとそうはいきません。

同僚の関係、上司との関係、部下との関係、そしてお客さんとの関係。これをないがしろにして、仕事が上手く行くはずがありません。

でも、子供の頃からずっと一人で考えて、自分の哲学で独りよがりに行動してきたので、いきなり「人間関係は大事!」と言われても、どうやって関係性を作ったら良いのかが全く分かりませんでした。

自己啓発本を読んでみたり、カウンセリングを受けてみたり、それなりの努力を重ねては来ましたが、それも上手くいかず。ついには社会のはみ出し者として、自分一人でお金を生み出す道を選んで今に至ります。

それでも、お金を生み出すということは、やっぱり人との関係なしには上手くいかないものです。

ネットで収益を得て生活できるようになっても、やっぱり人間関係が上手く作れないとある地点で頭打ちになってしまいます。こうしてあなたに向けて記事を書いていることもまた、人間関係のひとつだと思うわけなんです。

そうして、僕は会社にいた頃と同じ壁にぶち当たってしまいました。

変化の兆し

それが最近になって、面白いぐらいに人間関係がスムーズになっているという経験をしました。まわりから「変わったね」「付き合いやすくなった」と言われるようになり、自分も少しだけ人付き合いが好きになっていました。

「人間関係の作り方」が腑に落ちた感覚です。

いつのまにか前よりも人の気持ちを考えられるようになって、それでも臆することなく自分の気持ちを伝えられて、自分と相手の関係をより客観的に見れるようになっていました。

何が自分を変えたのだろう?と自問自答してみたところ、浮かび上がってきたのは「言葉の役割」に対する意識。変わる前と後では、自分の中で「言葉の役割」のあり方が大きく変わっていたことに気付きました。

言葉の役割は「伝えること」ではない

僕はそれまで、言葉の役割とは「相手に気持ちを伝えること」だと思っていました。自分の思いと感情を伝達するもの、そう思っていたのですが、実はそうではないようなのです。

伝達は飽くまで言葉の効果であり、本質的な役割は別にあります。

ここからは「言葉の役割」についての持論を展開しますが、未だに言葉にするのは難しくて、100%を伝えられるように言語化できる自信が全くありません。

象徴化と新しい世界

二人でも人が集まるときには、そこには何かしらの象徴が存在しています。何の用事もなしに人は絶対に集まりません。集まるための何かがなければ、人は社会性の動物では在りえないのです。

例えばそれは「家族」であったり、あるいは「同じ学校の仲間」であったり、「同じ店に買い物に来た人たち」であったり。それらを飾り、象徴化して“新しい世界”を作ることこそが言葉の役割です。

言葉の役割とは、象徴化すること。言葉は人と人との関係性のシンボルとして機能するのです。

例えば、「あっ!」と言えば人が振り返ります。振り返った人は、「何が起こったのか」を気にして次の言葉を待ちます。あるいは「どうしたんですか?」と聞いてくるでしょう。

「そこで○○○ということがありまして・・・」

ここには「そこで起こった出来事」に興味を持った人たちの関係が出来上がります。この時、言葉は「そこで起こった出来事」を象徴化しているのです。

そして新しい関係性、つまり“新しい世界”を作りだします。もっと的確に表現するならば“新しい社会”と言うほうが適切かもしれません。

でも“世界”の方がなんとなく素敵な響きがするので、それで押し通します。

言葉の機能は現象を象徴化すること。そして言葉の役割とは、人と人の間に“新しい世界”を作ることです。

言葉と世界(社会)の例えば

誰だって、自分が嫌われていたり、疎んじられている世界は望んでいません。もちろん僕もそうですし、あなたもそうだと思います。

そう思い込んでしまった瞬間、僕はとても卑屈な言葉で周りを遠ざけていました。

「どうせ俺の事なんか誰も興味ないだろう」「俺はお前らとは違う」

こんな直接的な言葉は使いませんが、実際にそう思っていたのですから、言葉の節々にそういう態度が現れてしまいます。

この事は言葉の機能によって象徴化されます。すると、相手と自分の間には「この人は他の人とは違う興味をもたれない人」という世界が出来上がってしまいます。

言葉は世界を作るんです。

もうひとつ例を出しましょうか。

4つか5つ年上の仲の良い女性の先輩がいるんですが、ちょっと不思議ちゃんというか、奇妙な人なんですよ。

それもあってあまり尊敬できないと感じていた僕は、その人のことをずっと呼び捨てにしていました。「言葉の役割は自分の気持ちを伝えるもの」だと思っていたので、その気持ちをそのまま言葉に出してしまっていました。

でも彼女にしてみると呼び捨てなんてとんでもない。きちんと敬意を払われる世界の方が居心地が良いに決まっています。

そう思い直して、「○○さん」と呼び方を変えてみました。最初はかなり照れくさかったんですけれど、僕も彼女も心のつっかえが取れたのか、慣れてくると前よりもお互いに居心地が良くなっていました。

僕はあまり礼儀を重んじるタイプではなかったんですが、今になって思うと礼儀作法は言葉の象徴化の法則に則った昔の人の知恵なんですよね。

最近は改めて礼儀作法を学ぼうかとも考えています。

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イメージ画像

さて、しつこく例を出してくどくど説明してきましたが、自分の考えていることを10%も伝えられている自信がありません。

なので、「こいつは一体何を言っているんだ?」という方のために、イメージを画像にしてみました。ここからはイメージを使って話を進めていこうと思います。

前までのイメージ

以前まで僕がもっていた言葉に対するイメージはこんな感じです。

communication

思っていることを相手に伝えれば、相手がそのまま受け取ってくれていると信じていました。

しかし、実際にはこうなります。いえ、こうなるものだと思っていました。

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相手には相手の価値観があるので、そのフィルターを通してしか物事を見ることが出来ません。これは立場を変えても一緒です。

相手が自分の言葉(赤)を受け取り、相手の言葉(黄)を返すわけですが、それも自分の価値観のフィルターを通ってしまうので、とても全部は分かりません。

コミュニケーション

そうして僕は、より分かりやすく伝えるにはどうしたらいいのか、相手のことをもっと分かるにはどうしたらいいのかをひたすら考えていた訳ですが、なかなか思うように結果は出ませんでした。

その原因は、価値観のフィルターを盾のようなものと考えていたことにありました。そこで、先に説明した言葉の役割を「象徴化」として見方を変えてみると・・・。

今のイメージ

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なんということでしょう。

さっきまで伝わらないとモヤモヤしていたのが嘘のよう。だって伝えることが目的じゃなくなっていますから、伝わる必要がないんです。伝わらなければ、それはそれで。

そして言葉が作り出した世界を、お互いは価値観の目線で観察しています。

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僕はそうして初めて、相手が“その言葉に対して”思っていることを素直に観察することが出来ました。

コミュニケーションの目的が何かを伝えることであるならば、伝わる世界を考えて一緒に作っていく必要があります。目的が仲良くなることなのであれば、仲良くいられる世界を。何かを達成することであれば、達成できる世界を。

一緒に考えて世界を作って行くこと。

それは可能かもしれないし、もしかしたら出来ないかもしれません。でも、一緒に考えて作っていこうとする目線が大切なんだと、この頃は思うようになりました。

まとめ

言葉の役割を「伝えること」ではなく「物事の象徴化」と捉えることで人間関係がスムーズになるという話を、手を変え品を変えしてきたわけですが、少しでも何かが伝わったでしょうか。

もしかしたら、人と話すことが好きな人にとっては当たり前の感覚なのかもしれません。あるいは言語学者の間では、もはや常識に近いでしょう。

でも僕は、人間関係を作ることは面倒くさいこと、しんどいことだと、子供の頃からずっとそう思ってきました。それが言葉を象徴として捉えることで、ようやく変わってきたような気がしています。

自分が発した言葉を相手はどんな風に飾り付けるのだろうか。お互いが飾った世界はどんな世界になるのだろうか。

そう考えると、これからは人との関係をもっと気楽に楽しめそうです。こうして僕はちょっとだけ人が好きになりました。

この記事を読んでくれたあなたが、少しだけでも人間と世界を好きになれたなら幸いです。

余談・きっかけの本

きっかけは『知の教科書 フロイト=ラカン』という心理学書でした。

僕にはとても難しい本で、読み進めるのに苦労していますが、たまにこういう気付きが突然やってくるのでやめられません。もし興味がおありでしたら、ぜひ読んでみてください。

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