香取慎吾

「パーフェクトビジネスアイドル=香取慎吾」が異常にしっくりくる理由

時事ネタ

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香取慎吾が自分のことを「パーフェクトビジネスアイドル」と表現していて、それが何とも言い得て妙。「パーフェクトビジネスアイドル」という言葉に、彼の闇の深さの秘密も隠れている気がします。

どういう意味なのか?というと、それが人によって解釈の仕方が違ったりして、それぞれ言っていることが180度違っていたりします。しかし、どんな意見も異論はない様子。

なんかすごいしっくりきますもんね。

そこで「パーフェクトビジネスアイドル=香取慎吾」がなぜこんなにしっくりくるのかを考えてみました。

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パーフェクトビジネスアイドル

パーフェクトビジネスアイドルとは、=香取慎吾のこと。香取慎吾は、「“素とキャラ”の区別がない」とよく言われています。

改めて、「香取慎吾」を商品として見てみると、その幅の広さに驚かされます。バラエティでおどけて見せる“慎吾ちゃん”も、ヒーローから影のある役どころもこなす俳優“香取慎吾”も同じ人で、同じ商品。

作られた商品ですが、そこには確かに人間らしさ、香取慎吾らしさみたいな、血の通った何かが感じられます。

それを「パーフェクトビジネス」というと“100%嘘”のように聞こえるかも知れませんが、これは逆で、ここまでパーフェクトな“商品”を作れる人は、一流の芸が群雄割拠している芸能界でも「香取慎吾」を置いて他にいません。

11歳の頃からSMAPとして日本のトップアイドルとして活躍し、言わば芸能界しか知らない男。芸能界は偶像を売る業界ですから、そこでの生き方しか知らない香取慎吾が“自分の偶像”を“自分の表現の場”に昇華していくのは、自然な流れだったんだと思います。言わば「アイドルの申し子」だったんですね。

素でいることと演じること

香取慎吾の「パーフェクトビジネスアイドル」という言葉を「素の自分を出さずに商品を演じている」という意味で辛く受け取る人もいます。

“素の自分でいること”はしばしば美徳として語られることもあります。この“素の自分”という言葉に、僕はとても違和感を覚えます。

“演じていること”は、そんなに辛いことでしょうか?僕たちはどこにいても、いつでも何かしらの役割を演じています。例えば、母、父、息子、娘、妹、姉、生徒、先生、新人、上司、恋人、友人、先輩、後輩……あげ始めるとキリがありません。

そんな中で“素の自分でいる”と、上司としての自分と、恋人としての自分が同じということに。これってかなりマズいですよね。もし同じだとしたら、彼の恋の行く先には暗雲しかありません。

パーフェクトビジネスアイドルたる所以

僕たちはみんな、それぞれの役割を演出しより良く魅せる表現者であり、その中心にいるのが“素の自分”です。“素の自分”でいられる人は、役割をより巧みに、より自由に表現出来る人の事を指すんだと思っています。あるいは、自分に備わっている感性により近い役割を演じる時に、“素でいられる”という言葉を使うんだと思います。

香取慎吾が「“素とキャラ”の区別がない」と言われながら、どの香取慎吾もそれぞれに愛されるのは、彼自身が商品としての「香取慎吾」や「SMAP」、つまり“ファンの気持ち”を深く理解して“望まれる愛される商品”を表現することに並々ならぬ情熱を注いできたからなんだと思います。

普通、芸能人って自分の持っているものが望まれて商品になるんですよ。見た目なり、演技力なり、キャラなり。しかし、香取慎吾の場合はアプローチが全く逆。「ファンが欲しがる商品」のために、自分の技術や感性を最大限に広げてきた人です。右も左も分からない子供の頃からです。

そして“欲しい人のもとに必要なものを届ける”のは、ビジネスの基本。それこそが、香取慎吾が「パーフェクトビジネスアイドル」たる所以なのではないでしょうか。

あとがき

ここまで読み進めて頂いてありがとうございます。

「パーフェクトビジネスアイドル」とは言い得て妙で、なんとか考えを伝えようとあの手この手で文章を並べてみましたが、読み返してみるとなかなかの散文で……少し難しい内容になってしまったかもしれません。

僕の目から見た「香取慎吾」は、底の見えないミステリアスな一面と奇妙な親しみ安さが同居した本当に不思議な人です。「明るいキャラクターからは想像もつかない闇の深い人」と言われていたりもして、同じ印象を持っている人は多いのでは?

その秘密も、「パーフェクトビジネスアイドル」の一言によく表現されている気がします。本当に、言い得て妙なり。

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