清水健さんと奈緒さんと息子さんの3ショット

清水健アナの亡くなった奥さんが良い人過ぎて泣ける。

時事ネタ

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昨年、乳がんで愛妻を若くして亡くした清水健アナウンサーが、1月末で読売テレビを退社することが分かりました。今後は講演活動などに力を入れていきたいとのこと。

早くに奥さんを亡くしたことは知っていましたが、詳しいことは知りませんでした。詳しく調べてみると、妻の奈緒さんが良い人過ぎて、退社を決意した清水健アナの心境を思うと泣けてきました……。

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29歳の若さで奥さんを亡くす

2015年の2月に奥さんを乳がんで亡くしています。そのことが話題になったのは1年前のこと。

妻・奈緒さんとの闘病生活

清水健がスタイリストの奈緒さんと結婚したのは13年5月。2014年の3月に妊娠したのが分かり、幸せの絶頂にいた一月後、4月30日に乳がんが見つかりました。

がんの治療と出産は、同時に並行して行うことが出来ません。抗がん剤治療が、生まれてくる子どもへ重大な影響を与えてしまうためです。担当医からも遠回しに出産を諦めるか、命を諦めるかの選択を迫られたと言います。

交際中も、結婚してからも、一切のわがままを口にしなかったという奈緒さん。しかし、その時だけは、「産みたい」と強い目で訴えたそうです。そして、2014年10月に長男が誕生しました。

それから4カ月後の2015年2月11日、奈緒さんは29歳の若さで息を引き取りました。

清水健アナ、激やせ

それ以来、清水アナは見た目でもハッキリわかるぐらい激やせ。痩せたというよりやつれている感じを受けました。実際、体重は20㎏も落ちたそうです。

20㎏も体重が落ちるなんて普通ではありません。仕事も忙しい中で妻との闘病生活を続け、不安や悩みで精神的にも安らぐことはなかったんだと思います。

「奈緒が亡くなってから、日記が出てきたんです。B5くらいの大きさで、かわいいお人形が表紙のノートで、闘病中は、突然入院したこともあって日記を持って行けないこともあったんでしょうね、走り書きのある紙切れもはさんであったり…。思い切って開いた1ページ目に『健さんが、僕が死ぬことを前提に考えていることがすごく悔しい』って書いてあったんです。これはぼくが今、いちばん後悔していること。『一緒に頑張ろう』『そんなデータ関係ない。おれたちなら大丈夫だよ』って、なんで言ってあげられなかったんだろうって…」

ライブドアニュース より引用

後悔の念は、どうしても一朝一夕で拭いきれるものではありません。ましてや、もう二度と取り返しのつかないことです。まさに心臓を鷲掴みにされるような苦しみだったと思います。

「奈緒が亡くなってからのこの1年間は、アナウンサー生活15年の中でいちばん働いた1年だったかもしれません。あえて土日も取材を入れたりしましたし。奈緒が頑張った意味を残すためにも、ぼくが踏ん張らなくちゃいけないって、かっこつけてきたんです。でも一周忌を迎えるにあたって、ちょっと心が折れそうというか…ギリギリの状態というのが正直なところです…」

読売テレビ・清水健アナ 妻の死から1年で「心折れそう」│NEWSポストセブン より引用

さらに奈緒さんが亡くなってからのこの1年間、辛い記憶を振り切るかのように馬車馬のように働いていたと語ります。テレビの前では毅然としてアナウンサーの仕事をしていたように見えました。身も心も削り取られていく様な思いだったんでしょうね。

清水健さんはその後、妻との出会いから闘病の記録をまとめた手記を『112日間のママ』という本にまとめて出版しました。

振り返る作業は本当に辛かったと語ります。「ここは自分は頑張った!」というところは一つもなかったんだとか。「もっとしてやれた」という後悔ばかりが沸いてきて……。

現在は、その出版印税をもとに『一般社団法人清水健基金』を設立、講演会やチャリティーイベントなどの活動を行っています。

読売テレビを退社

そんな清水健アナウンサーが2017年1月末で読売テレビを退社することが分かりました。本人は「子供との時間を大切にしたい」と漏らしているそうです。

退社後は、多くのアナウンサーが歩むようなフリーの道に進む気はないらしく、今後は『一般社団法人清水健基金』でのがん患者やその家族に向けた講演活動などに力を入れていくとのこと。

退社のニュースを聞いた時は落ち込んでのことなのかと思った方もいるかと思いますが、清水健さんはもう前向きに新しい道を歩んでいました。

まとめ

当時を振り返ったインタビューでは「悲しみにピリオドはない」と語っている一文が。この言葉には本当に共感しました。悲しんでいても、本当に悲しんだ分だけ人生って底なしなんですよね。

よく「もうどん底だからあとは這い上がるしかない」という言葉を耳にしますが、底だと思っていた場所からまだまだ落ちていけるのが人生。悲しめば悲しんだ分だけ、後ろを向けばその分だけ落ちていきます。

治療中、どんなに辛くても一度も涙を見せることなく、『僕よりも周りの方が辛い』というのが口癖だった奈緒さん。清水健さんは、亡くなってから1年経った今でも、奈緒さんの前向きな思いに支えられているんだと思います。

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