他人の悪口や陰口ばかり言う人が本当に可哀想になってくる記事

聞こえない花の慶事

「悪口を言う人を哀れに思え、可哀想に思え」っていう言葉がありますけれども、煽りでもなんでもなく、割と真面目に捨てられた子猫を見るような目で見てしまいます。

なぜって、良いこと何もないんだもん。

まるでゾンビですよ。ゾンビ。

自分がどんどん腐っていって、他人も同じように腐らせながら、光のない真っ暗闇を彷徨ってるみたいな状態ですからね。

まともに付き合うのは本当にヤバイですよ。時間も気力ももったいない。

もう害獣みたいなもんですから、自分の畑を守る工夫をしていかないとどんどん食い荒らされちゃいます。

というわけで、読んでいると他人の悪口や愚痴ばかり言う人がどんどん可哀想になってくる記事を書きました。自戒の意味も込めて。

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悪口を言う人の心理

これは結構単純で、追い詰められた獣が威嚇してるみたいなものです。

悪口を言ってばかりの人には、だいたいこんな感じの特徴があげられます。

  • 劣等感が強い
  • プライドが高い
  • 被害者意識が強い
  • 嫉妬心が強い

つまるところ、現実の自分と理想の自分が乖離してるんですよね。

そういう時の反応は人それぞれなんですけど、中には他人を攻撃して理想と現実のギャップを埋めようとするケースがあります。

それがいわゆる悪口や陰口を言う人。

自信がないから、とにかく攻撃してないとバランスを保てないんですよ。

裏を返せば“怖がり”なんですよね。

自分を信じられないと他人も信じられないから、いつ襲いかかられても良いように全身を武装して身構えていないと気が気じゃないわけです。

めちゃくちゃ疲れてる

そういう生き方って疲れそうでしょう?

実際めちゃくちゃ疲れてますよ。

実はちょっと実験してみたことがあって、1日中とにかく悪口、陰口、愚痴を敢えて言いまくる日々を過ごしてみたことがあるんです。

めちゃくちゃ疲れました。

すごい気が張るから全然リラックスできないし、自分のことがどんどん嫌いになるし、人と顔を合わせるのも嫌になるし……

終いには他人が自分の悪口を言っているような気になって、笑われてるとか、奇異な目で見られてるとか、そういうふうに思いがちになっちゃって。

そうすると、それに対抗するようにして気持ちが攻撃的になってきます。

これ続けてたらヤバイなと思ってすぐやめたんですけど、ニュートラルでこの状態に入ってるって相当キテると思います。

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人の悪口は自分の悪口

人間の脳は「人の悪い所は100も200も見えるけど、自分に対しては良い所しか見えない」なんて、そういう都合の良い作りにはなっていません。

人の悪いところばかり指摘するってことは、間違いなく自分に対しても同じ付き合い方をしています。

自分のダメなところばっか見えてくるようになります。

自信を無くしてしまうのも当たり前ですよね。

そして、失った自信を取り戻すために人を貶めてしまう悪循環。

辛すぎでしょ。

人を信じられなくなる

自信って、読んで字のごとく自分を信頼しているってことです。

悪口ばっかいう人って信頼できないでしょ。絶対。

人の悪口を言う人が、ある意味で“自信があるように見える”のは、それは自信ではなくて見栄です。うわべを繕って必要以上に良く見せようとしてるだけです。

本当に自信がある人は、他人にも信頼を寄せることができます。

人間は自分にするようにして他人に接しますからね。

他人の悪口が口をついて出る人は、普段から自分を貶めているから他人にもそういう風にして接してしまうんです。

それってつまり、親だったり、周囲の人だったり、身近な人にそういう風にして接してこられていたってことなんですけど、可哀想すぎるでしょ……。

悪い人に囲まれてしまう

悲しいかな、可哀想だからと言って、間違っていることにはとことん優しくないのが世の理。

人間の心の機能のひとつに「考えていることを無意識化に転写していく」というものがあります。

これは例えば自転車が乗れるようになる時とかに有効に働く機能で、ペダルに足をかけて……、ハンドルを平行に……っていちいち考えて乗ってる人はいないですよね。

でも、みんな最初は上手く乗れなかったはず。

練習を繰り返すうちに、だんだんと無意識でできるようになっていきます。

これって、悪口にも例外なく働くので、無意識化で人の悪い所、ダメなところを探すのが上手くなっていきます。

どれだけ良い人でも悪い人に見えてくるんですよ。

だから世のため、人のために無償で何かを頑張ってる人を捕まえて「偽善」とか言っちゃうんです。

他人の悪口ばっかり言っていると、“悪い人”にかこまれてしまいます。

どれだけ良い人でも悪い人に見えてきちゃいますからね。

悪い人に囲まれている人生って、ヤバイでしょ。

さらに、「聞く耳」はその人の無意識に依存しているので、ポジティブな人はネガティブな話が聞けないし、ネガティブな人ってポジティブな話が聞けません。

ですので、悪口、陰口、愚痴を言う人は、良い話、良い言葉が聞けません。

さらに周囲にも同じようなことを言わせようとします。

噛み付いて感染させようとする辺り、ゾンビみたいじゃないですか。

成長しない

と同時に悪い表現がどんどん身について行くので、物事を悪い方に捉えて表現するのが上手になります。

でも、残念ながら人間って物事の良い方に捉えることができないと、成長できないようにできています。

成長っていうのは「できた!」「うまくいった!」っていう成功体験の積み重ねですから、できないことや悪いところを探して指摘することばかりしていると当然成長しません。

悪いところに気付いて修正することももちろん大切なことですが、「こうすれば良くなる」っていう修正方法とセットじゃないと先に進まないですからね。

悪いところを指摘してお終いってケースは、指導とか教育とかの場面でもよく見ますけども、本当に成長しないです。本人も周囲もびっくりするぐらい変わらないです。

だから中学生のいじめみたいなことを、いつまで経っても平気でしたり、言っていたりします。

普通に病気になる

人の心理状態は神経と密接につながっていて、普段考えていることって、一般的に言われている以上に体に影響を及ぼしています。

心の動きは体に大きな影響を及ぼしますし、体の動きの方も心に大きな影響を与えています。

悪口をいう時、人間の神経は交感神経が優位になっている状態。つまり、極度の緊張状態です。

悪口を言う人は、顔をしかめて、腰を折って肩を内側に丸くしまって、浅い呼吸でコソコソしていますよね。

こういう姿勢は、心に緊張をもたらします。また、緊張をすると自然とそういう姿勢になっていきます。

顔を緩めて、胸を張って肩を広げて、深い呼吸でいると副交感神経が働きます。そういう姿勢は心をリラックスさせてくれます。

交感神経と副交感神経、この2つが緊張と弛緩のバランスを取って初めて健康な体と心を保てるんです。

この神経のことを併せて自律神経といって、血流、内臓の機能、筋肉の働き、脳の働きに多大な影響を与えています。

ただでさえ交感神経が優位になりやすいストレス社会で人の悪口ばかり言ってると……。

悪口ばかり言う人との付き合い方

どうですか。

めちゃくちゃ可哀想になってきませんか。

さながらT-ウイルスですよ。マジで。誇張なしに。

感染しますからね。

付き合い方もなにも、逃げるしかないですよ。物理的に逃げられるのが一番いいです。

とは言っても、人それぞれに生活がありますから、いくら害獣が酷いからと言っても土地を離れて生きていくのは大変なことです。

物理的に移動するのが難しい場合は、「気にしない」っていう形で心理的に距離を置くのも手。

距離を取るとか、聞き流すとか。

聞き流す練習

嫌なことや悪いことを聞き流すための訓練としては、瞑想がおすすめです。

最初は、正座でも仰向けの状態でもなんでも良いです。

心の中を観察してると、色んな気持ちや感情がフワッと沸いてくるのが分かると思います。

それに付き合わずに、あるがままに流していくと、そのうち心の方が飽きて思うのをやめちゃうんですよ。

そうすると、あんなに怒ってたのに、辛かったのに、特に何も思わなくなってます。

例えば、誰かとケンカした後、事も落ち着いてしばらく経ってみると「何であんなことで怒ったんだろう」って冷静になってたりするじゃないですか。

あれは、心の方が放っておかれたもんで「怒る」ってことを思うのに飽きちゃった状態です。

それをいつまでも「ムカつく」「つらい」「悲しい」と積極的に考えることを繰り返していると、心は「これは必要な気持ちなんだな」と判断します。

心って意外とかまってちゃんなんで、「これが良いんだろう?」と、まるで勘違いした童貞みたいに、繰り返し繰り返し嫌な気持ちを蒸し返そうとしてきます。

正直たまったもんじゃないんで、「それは要らないやつやで」と放っておく練習をするのが良いです。そのうち上手く手放せるようになってきます。

道に落ちてるゴミをワザワザ拾って持って帰ることないですよ。そのままにしておきましょう。

良いところの話をする

一番良いのは、“悪口を言う人”にイニシアチブを渡さずに“楽しい話”をすることだと思います。

人の良いところを探して、人の良いところの話をして、T-ウイルスをワクチンで中和してしまおう作戦。

僕の経験上では、この方法が一番摩擦がなく、楽に付き合えます。具体的には、この記事を参考に。

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この2つをセットで練習すれば、悪口や陰口を言う人に振り回されることなんてなくなります。

おすすめ。

9 Comments

みーちゃる

悪口を言っているひとの罠にずっと引っかかっていました。
ほんとうにありがとうございます。

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シマダ

自分が嫌いで人が近寄って来ないように悪口言ってしまうというか、悪口言うのを義務に感じてます。
道のゴミは無視できないですね。一度通り過ぎても気まずくなって持ち帰りますね。
悪いのを拾って帰る癖が付いてるんですかね。
優しい世界に居ると甘えてる気がして、不安になるし自己嫌悪に陥るから混沌な世の中に身を置きたい。

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Milan

>シマダさん

コメントありがとうございます。

そういうパターンもあるんですね。

シマダさんの場合は、おそらく自己概念が低くなってしまっているんだと思います。

自己概念が低いと“自分が考える自分の価値”が低くなってしまうので、自分がしたことや周囲の人に対する“引け目”に苛まれるケースが多いです。

“優しい世界に居ると甘えてる気がする”というのも、心のどこかで「自分なんかがこんな素敵な場所にいていいはずがない」という気持ちになってしまうんだと思います。

座りが悪い……というんですかね。

僕はシマダさんのことを何も知りませんが、僕自身の信念として言わせてもらえるならば、人間ってそんなに悪いモノではないですよ。

“道のゴミは無視できないですね。一度通り過ぎても気まずくなって持ち帰りますね。”

これだって「悪いモノを拾って帰る癖」と言えば悪く聞こえてしまいますが、「良心を感じて素直に行動できる」って素晴らしいことだと思いますよ。誰にでもできることじゃないです。

シマダさんには、シマダさんであるからこそ感じられる素晴らしい世界があるし、シマダさんであるからこそ、その世界に響かせられる何かがあります。必ずです。

最初の一歩として、自分の中のもの、周りにあるものを“善く表現する練習”をしてみてください。少しずつでいいので。

以上が、シマダさんの文面を読んでの僕の素直な感想です。少し踏み込んだお話をしてしまいましたが、許してください。

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れん

すみません、悪口や陰口を言う人を可哀想と思うのなら、何故その人達を助けようとしないんですか。
本当に可哀想と思ってるなら、普通は助けようとするものではないのでしょうか。
それともう一つ聞きたいことがあります。自分も悪口や陰口をよく言うのですが、どうすれば可哀想な人ではなくなれるでしょうか。
もし、またこのような記事を書くことがあれば、次は改善案も一緒に書いてくれると嬉しいです。

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れん

お願いします、可哀想な人じゃなくなれる方法も教えて欲しいです。
どうしていいのかわからないんです。

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Milan

コメントありがとうございます。

まず、「なぜ助けようとしないのか?」という質問にお答えしますね。理由は大きく2つあります。

ひとつは、“悪口や陰口を言う人”は、そうすることで自分の心のバランスを取っています。つまり、「自分自身に対しても悪いことをしている」という自覚が希薄なため、そもそも助けを必要としていません。そのため、聞く耳を持ってくれるケースは極めて稀です。

2つ目は、コストの問題です。本当の意味で助けるには、相手の価値観を根本から変える必要があります。これは僕にとっては多大な労力と根気強さを必要とする作業です。僕にも自分の生活があるので、見ず知らずの人にかけられる時間と労力は限られています。つまり、理想はあっても実力が足りていないということですね……。

とは言え、一応このエントリーは、悪口や陰口を言われることに苦しんでいる人、あるいは言うことが止められない人に向けて、「悪口はまともに聞くのも言うのもヤバイってことを知ってもらいたい」という気持ちから書いています。その気持ちを汲んで、微力ながら“助けようとしている”と受け取って頂ければ幸いです。

ひと先ず、これでひとつ目の質問へのお答えとさせていただきますね。

返信する
Milan

続いて、悪口や陰口を止める方法です。

まずは悪口を言う仕組みについてですが、心理学では「防衛機制」の一種だとされています。「防衛機制」とは、端的に言うと自分の心の安定を保とうとする行動です。

悪口や陰口を言うことで、相手の立場を相対的に悪くして自己評価を高め、自分自身の存在を認めているんですね。“自分の存在意義や自己評価が揺らいでいる証拠”とも言えます。

「防衛機制」は、そうした状態から心を守るために発動します。これは脳の反射機能で、言ってしまえば癖のようなものです。ほぼ無意識なので、「どうしていいか分からない」とおっしゃるのも、そのはずです。

解決策についてですが、僕が今ここでお伝えできることは2つです。

ひとつは「心を訓練し直すこと」

心も体と同じで、その働きをより素早く強く行えるようになるために、毎日復習を繰り返しています。

体の方はイメージしやすいでしょう。

最初は5回しかできなかった腕立て伏せが10回、20回、100回と出来るように。最初はボールをまともに蹴ることもできなかったのに、いつの間にか無意識でドリブル・パス・シュートが自在にできるようになっているように。

心も同じで、毎日繰り返す動きを復習し、慣れ、どんどん訓練されていくのです。そういう意味で、れんさんは今「悪口や陰口を言うように訓練された状態」と言えます。

ですので、「心を訓練し直すこと」が一番手っ取り早く、根本的な解決策になります。

具体的な方法はいろいろありますが、日常生活で行いやすく、かつ効果がある方法としては「相手の良いところを注意深く探す」のがおすすめです。

悪口を言うのが習慣になっているということは、人の悪いところを探すのが得意になっているはずです。最初は人の悪いところばかりが目につき、「こいつに褒めるところなんてない」と思うことが多いと思いますが、それでも根気強く“良いところ”を探してみてください。

そして、できれば口に出して伝えてあげてください。直接言うのが恥ずかしければ、他の人に伝えてみるのも良いでしょう。心の動きと合わせて、体を使って表現することで効果は倍増します。

そうしているうちに、人の良いところがよく目につくようになり、悪口を言いたくても言えない体になっています。

続いて2つ目ですが、ひとまずここで投稿してしまいますね。

返信する
Milan

さて、2つ目はすこしふんわりした話になりますが、れんさんは「可哀想な人」ではありませんよ。

このエントリーでは、「悪口を言う人は可哀想だ」と仮想敵を軸に、すこし感情的に話を展開しています。これは“伝わりやすくするため”で、悪口を言ってしまう人を責める意図も、貶める意図もありません。

その点では「悪口を言う人に対する攻撃的な態度」が配慮に欠けていたと反省しています。落ち込ませてしまった、あるいは焦らせてしまったことをここでお詫びさせてください。

また、ここで想定している「悪口を言う人」は「悪口を言ってしまっている自分」に気付くことができませんし、それをどうにかしたいとも思いません。

「悪口を言ってしまう自分を何とかしたい」と意識した時点で、歯車は回り始めています。あとは情報を集めて、具体的な手段を考え、実践し、回った歯車を止めないように動き続けるだけです。

こうしてコメントを頂けたのもまた、その手段のひとつだと思います。僕はこのことを尊敬こそすれ、可哀想だとは微塵も思いません。

ですので、れんさんも胸を張って、毎日を笑顔で過ごしてください。悪口を言ってしまう自分を責めず、そしてそれに落ち込まず。

しっかりと胸を張って笑顔でいる人ほど、悪口を言わないものです。自分に自信があるので、人を貶める必要がないんです。

自信がつけばだんだんとそうした態度が身に付くものですが、そうした態度が自信を育んでくれるという面もあります。「卵が先か、鶏が先か」みたいな話ですけど、物事は螺旋のように絡まっていて、良いことは良いことに、悪いことは悪いことに繋がっているものです。

どうか、れんさんの人生が良い螺旋を捕まえますように。

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ccccc77777777

悪口言うしか能が無い。
死んでも勝てない敵わない相手には悪口言うしかできない。

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